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“サックス奏者ブラッド・リーリは、私が最近聴いた音楽の中で最もソールフルかつエキサイティリングなパフォーマンスだ。” “アルト奏者ブラッド・リーリは澄み切ったやさしい演奏をする才能を持ち備えている!”
“彼のソロはきらめき、キャノンボール・アダリーの影響が聴こえる。”
デンバー出身のサックス奏者。中学生の頃、父親が愛聴していたマイルス・デイビス、キャノンボール・アデリーを始めとしたジャズマスターの演奏に魅了され音楽の道へ進む。大学は数々のジャズ奏者を世界に進出している、ノーステキサス大学の教育学部へ進み、世界でも有名な“One O’clock Lab Band”で活躍した。大学時代はテキサス州ダラス出身テナーサックス巨匠、ジェームス・クレイ、マーセル・アイバリーなどとも共演を果たした。卒業後、ハリー・コニックJR.オーケストラのリードアルト奏者としてプロ活動を始め、5ヵ月後にはミュージカル ディレクターも勤めた。その後、1995年より故グローバー・ミチェル氏の率いたカウント・ベイシー オーケストラへ入団。1999年にはグラミー受賞アルバム“Count Play’s Duke” の一曲、ビリー・ストレイホーン作曲で有名な、”Star Crossed Lover’s”で、ソロ部門ノミネートも果たし、大きな評価を経た。
全米、そして世界を舞台に活躍しているリーリ氏は、現在の若手ジャズ界を率いる一人者としても世界中で注目を浴びている。共演者のリストも、フレディー・ハバード、クラーク・テリー、ジョー・ウィリアムス、ジミー・コブ、ナンシー・ウィルソン、フランク・フォスター、ジョン・ヘンドリックス、ロン・カーター、ビリー・テイラー博士、ロイ・ハーグローブ、ザ・ミングスビッグバンド、ジャック・マクダフ、ジョージ・デューク、ロニー・スミス博士、ジミー・スミス、メルビン・ラインを筆頭とするジャズ界において欠かせない顔ぶればかりである。2000年よりニューヨークを本拠にソロ活動を展開する為、ベイシーオーケストラを退団。その後幅広い音楽活動を続けるリーリ氏は、ニューヨークで有名なミラー劇場にて ピアニスト エリック・リードがプロデュースする“ジャズポートレートシリーズ”の“ジェームス・ブラックの音楽”ではリード率いるカルテットのソロイストとして、“ビリー・ストレイホーンに捧げる”ではビックバンドのリードアルト奏者として出演を果たした。2003年、ブラッド他、ワイクリフ・ゴードン、ジャーミー・ペルトなど今日のジャズを支える若手を揃えてのビレッジバンガードで行われた“エリック・リードセプテット”はニューヨークタイムズにも大きく取り上げられた。また、ブラッドは歌手アイゼック・へイズをフィーチャーした サイラス・チェスナッツ カルテットの一員でもある。ヘイズはこのグループでジャズシンガーとしてステージを踏んでいる。2003年、ブラッドはジェリー・ドジオンが結成した“Joy of Sax”の一員としてビレッジバンガードでの公演も終えた。また、2003年秋、ブラッド独自の率いるオルガングループは2週間のヨーロッパツアーを行い高い評価を得ている。
サイドマンとしての本領を発揮する傍ら、ビッグバンドでの演奏も引き続きこなしている。近日では2004年に結成されたクラーク・テリービックバンドではグループのリーダーとして活躍し、ヨーロッパ公演も終えている。2003年冬、ニューヨークを代表するコンサートホール、リンカーンセンターにてナンシー・ウィルソンとベニー・ゴールソンオーケストラの一員として出演した。パフォーマーとしての実績を上げつつも、ブラッドは現在、音楽教育者としても欠かせない存在となっている。自らの経験を生かしたユニークな指導法にて地域に貢献する中、全米の高校、大学で行われるジャズキャンプ、ジャズフェスティバルなどにも積極的に参加し、生徒の育成に励んでいる。2003年明けに日本よりNYツアーとして訪問していた、大阪を中心に活躍しているFEELジャズオーケストラのクリニックをプロデュース。2003年の夏にはIAJEによって結成されたクリフォード・ブラウン/スタン・ゲッツオールスターグループを監督として日本での10日間のツアーに引率し、全国の学校へ訪れクリニック、パフォーマンスを行った。
また2008年5月
まで、テキサス州のTexas Tech Universityジャズ科 ディレクターとして
活動、2008年7月よりUniversity of North Texasにて、ジャズサックスの講師として教育活動に力を入れる
予定である。
“ブラッド・リーリの切ない音色は ダラス シンフォニー オーケストラの奏でるビリー・ストレイホーン作曲の“Star Crossed Lovers,”を掻き消した。彼のソロは、奏でる音符が数々の小さなボールで、そのボールをぶつかり合わせて描かれた水彩画であるかのような、何ともいえないセンセーショナルなアカペラで締めくくられた。” - ダラス朝刊 - 彼の音楽論は、“オーディエンスに音楽家としてよりも、僕の創り上げる音楽、そして僕の奏でる音色を聴いてもらいたい。僕の音楽がオーディエンスの心に通じる音楽であって欲しい。”とシンプルかつストレートに語っている。
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